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2013年04月30日

東建ホームメイトカップ・塚田好宣 両腕は常にリラックス 巧みなクラブさばき

今日も、明るい話題があるといいですね。

いろんなニュースが話題の宝庫なのです。

今日抜粋したニュースから何かヒントを得てください。

これが今日のピックアップニュースです。

本日は今日のスポーツに関して、東建ホームメイトカップ・塚田好宣 両腕は常にリラックス 巧みなクラブさばきのはなしです。



これが今日の話題!(Yahooニュースから引用)

東建ホームメイトカップ・塚田好宣 両腕は常にリラックス 巧みなクラブさばき
夕刊フジ 4月30日(火)16時56分配信

プロ苦節20年。日本選手としてはツアー史上4番目の年長初優勝を果たした塚田の技はクラブさばきの巧みさ(写真:夕刊フジ)

【勝者のワザ】日本ツアー国内開幕戦を制したのは塚田好宣だった。強風の中で「相手選手というより、風と戦っているうちに優勝していた」と本人がいう展開による逆転優勝であった。

プロ20年目の43歳。昨年の賞金王・藤田寛之や丸山茂樹と同年齢のベテランである。東海大を1年で中退して渡米、ニューメキシコの陸軍士官学校へ。親友の佐藤信人に勧められて同じ道を歩み始めた。14歳で始めたというゴルフは、同学校入学後も続けていた。というより、勉強と訓練の合間には、ゴルフができる環境もあった。卒業してルイジアナ大に進むが、この頃にはツアープロへの夢が大きく膨らんで、そちらの道を選択することになる。ルイジアナ大を中退してオーストラリアに渡り、現地でプロ転向したのが24歳。オーストラリア、ニュージーランド、アジアツアーの試合で経験を重ね、さらに日本のプロテストも1999年にクリアした。30歳のときであった。

「ツアープロとして生きていく。考えていたのは、それだけで、出られる試合があるならば、どこにでも飛んでいく。自分にとっては、それが目の前にある道だった」

アメリカ、日本、アジアのQTに挑戦し、手に入れたのがアジアンツアー出場権だったから、自然に同ツアーで戦う流れに入っていった。英語に続いてタイ語も身につけた。アジア各国を転戦し、日本ツアーにも数試合。この当時の自分を、いや、今でも塚田は自身を「トラベルゴルファー」と称している。

アジアでの戦いの中で知り合ったプラヤド・マークセンはじめツアー選手たちからは「ショットはトップレベル、パッティングはアマチュアのアベレージクラス」と揶揄された。アジアのトッププロであるマークセンからパッティングのアドバイスを受けた。それが、クロスハンドグリップだった。ストロークとボールの転がりが安定するようになって日本のQTも突破した。といって、日本ツアーだけに専念したのではなく、戦いの舞台がアジアと日本に広がりトラベルの機会がさらに増えることになった。

世界を渡り歩いてきた塚田のスイングはといえば、腕を柔らかく使い、クラブさばきの巧みさが特徴的だ。両腕を常にリラックス状態に保つ。ゆっくり振っているように見えて、実はヘッドスピードは速い。多くのアマチュアゴルファーとは逆の動きになっている。肩、腕、手首の力を抜く。その大切さは知っていても、どうすれば力みから解き放たれるのかはわからないでいるアマチュアが多い。

塚田は「一番簡単な方法は、アドレスで腕を伸ばさないこと」で、これでまず力みが抜ける。そして、「スイング中、腕を一度も伸ばすことなく振ること」で、ゆっくりしたテンポのスイングになるという。

■つかだ・よしのぶ 1969年8月24日、千葉県生まれ。14歳からゴルフを始め、東海大を中退して米国に渡り、ニューメキシコ陸軍士官学校へ。卒業後にSEルイジアナ大に入学し、中退。99年にプロ転向。2002、08年には全英オープンにも出場した。178センチ、78キロ。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130430-00000014-ykf-spo


(今日の話題は、ここまで)



今日のニュースは有意義でしたか?

今日は良い日になりそう。
それでは次回まで。




posted by kengood at 19:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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